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もののけ姫のゴリラとは?猩々と森の神の正体を徹底解説!

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もののけ姫のゴリラとは?猩々と森の神の正体を徹底解説!

もののけ姫を観ていて、あの暗闇で赤い目を光らせるゴリラのような生き物が気になった方は多いのではないでしょうか。「オレタチ、ニンゲン、クウ」という印象的なセリフを吐きながら、サンに石を投げつけるシーンは、一度見たら忘れられない強烈なインパクトを残します。

この記事では、その謎めいた存在の正体と、彼らが抱える深い悲しみ、そして宮崎駿監督が込めた現代への警鐘について、詳しく解説していきます。

もののけ姫のゴリラの正体は「猩々(しょうじょう)」

『もののけ姫』に登場するゴリラのような生き物の正体は「猩々(しょうじょう)」という名前の森の神です。彼らはオランウータンやゴリラのような外見を持ちながら、その実態は非常に複雑で奥深いキャラクターなのです。

猩々の基本的な特徴

猩々は日本ザルよりも大きな霊長類として描かれ、体は闇に溶け込むほどに黒く、暗闇では目だけが赤く光っています。人語を解し、片言ではありますが会話も成立します。

彼らは真っ暗闇の中で赤い目を光らせ、サンたちに遠くから石を投げつけるという卑怯な行動をしてしまいます。この行動の背景には、深い絶望と人間への憎悪が隠されているのです。

「猩々」という名前の由来と歴史

「猩々」とはオランウータンの和名であり、古典書物に記された架空の動物としても扱われています。猩々についての初めての記録は、中国で3世紀に書かれた「礼記(曲礼の篇)」という書物に記されており、猩々は喋ることができても、結局は動物でしかないとされていました。

興味深いことに、チンパンジーの和名は黒猩々、ゴリラの和名は大猩々となっています。オランウータンの語源も「orang(人)hutan(森)」と森の人という意味が込められています。

伝説の生物・猩々の外見は、顔面と体毛が赤く、二足歩行する猿のような動物とされていますが、『もののけ姫』の猩々の体毛は赤くなく、猿というよりゴリラに近い外見をしています。

「森の賢者」から堕ちた存在へ

かつては尊敬される存在だった猩々

猩々は本来「森の賢者」と謳われる存在で、自ら森に木を植え続けるような知能と技術を持ち合わせる賢さを持っていました。本来の猩々達は自然を愛し、自身らの生きる森を守るために木を植え続け、森を生き返らせようとしていました。

針葉樹と広葉樹のバランス、植える場所の土質、日当たりなどひとつの森を全体的に捉える力が必要とされ、猩々の一族は森を知り尽くした賢者だったのです。森を維持するのに欠かせない存在として、他の森の住民たちからも尊敬されていました。

人間による森の破壊がもたらした変化

しかし、人間による度重なる森の破壊によって、猩々たちの心は大きく変化してしまいます。自分たちがコツコツ懸命に植えた木を人間がいとも簡単に切り落としてしまうため、猩々たちのなかに負の感情というものが芽生えてしまいました。

度重なる自然破壊、人間という自然界にとっての大敵の前に粗暴な言葉を使用してしまったり、森を荒らす人間たちに対し荒ぶる性格へと変貌していった、一番の被害者達なのかもしれません。

猩々の名シーンと込められた意味

「人間食う」シーンの深い意味

作中で最も印象的なのが、猩々がアシタカとサンに向かって「オレタチ、ニンゲン、クウ」と迫るシーンです。

猩々は山犬に対して「ここは我らの森。その人間よこせ。人間よこしてさっさと行け」「行け 行け」「俺たち 人間 食う」「その人間 食う」「その人間 食わせろ」と要求します。

これに対してサンは「猩々たち!森の賢者とたたえられるあなたたちが なぜ人間など食おうというのか」と問いかけます。

猩々の答えは切実でした。「人間 食う 人間の力 もらう。人間やっつける力 欲しい だから食う」そして、「木 植えた 木 植え 木 植えた。皆 人間 抜く 森 戻らない 人間 殺したい」という言葉からは、彼らの絶望と怒りの深さがうかがえます。

宮崎駿監督が込めたメッセージ

宮崎駿監督は、ジブリ作品に意味や想いをよく込められます。猩々たちのセリフに込められた意味とは、「自然を破壊する現代の人間たちに向けたメッセージ」でもあるのではないでしょうか。

かつて住んでいた豊な自然であった森の住処を奪われ、人間を憎み、妬み、嫉妬してしまった結果、森の賢者では無くなってしまった猩々は、人間を滅ぼすことを決意しました。必死で生き抜こうとする猩々たちの姿は、私たち人間でいうと天災のようなものです。

声優・名古屋章の繊細な演技

猩々の声を担当した名古屋章

猩々の声を担当したのは、声優・俳優の名古屋章(なごや あきら)です。『もののけ姫』では牛飼いの頭の声も担当しています。

名古屋章は1930年生まれ。1950年ごろからラジオドラマに出演し、美声で人気を獲得しました。1952年のラジオドラマ『ぼたもち』で主演を務め、芸術祭賞を受賞しています。

とてもベテランの俳優・声優さんで、昭和から平成にかけて映画やテレビドラマで大活躍されました。2003年に亡くなるまで、名脇役俳優として知られていました。

特徴的な声の演出

猩々の声は特徴的で、もごもごと喋るため聞き取りづらく設計されています。これは偶然ではなく、彼らの内面の混乱や絶望を表現する演出の一部なのです。

SNSでも話題の猩々

印象的な猩々への反応

実家の庭に落ちてる小さい石を放りながら、もののけ姫に出てくる猩々(しょうじょう)の真似する遊び

「おれたち、にんげん、くう」

「人間を食べても人間の力は手に入らない」

までがセット

引用:https://twitter.com/drmfsrsdsd/status/1665700975837306880

『もののけ姫』の猩猩と七福神 中国から日本に伝わった猩猩(しょうじょう)という霊獣がいる。

『もののけ姫』の作中に登場する。ジブリの公式画像に猩猩の場面カットがなく残念。

赤い目、ゴリラのような大きい山猿でアシタカを助けるサンに石を投げ「オレタチ、ニンゲン、クウ」。確かそんな感じ。

引用:https://twitter.com/WalkAroundTokyo/status/1344969406952079365

現代における猩々の意味

もののけ姫やってるけど所々セリフが好きなんよなー笑笑

猩々の「人間食う 人間の力もらう 人間やっつける力ほしい」も好きだし山犬がヤックル見ながら「あいつは?食べていい?」のところも好きだしwww

こだまのおしりはプリけつやしwwwww

引用:https://twitter.com/PORO_JeSus/status/1682355997421621248

これらの反応からも分かるように、猩々のインパクトある登場は多くの観客の記憶に強く残り、現在でも語り継がれています。

森の中での立ち位置と他の神々との関係

森の神々の階級構造

森に棲む”もののけ”たちは他の種族の”もののけ”を敬いながらも、その種族との上下関係があるようです。モロ率いる山犬の一族とのやりとりから察するに、猩々はその中ではあまり高い地位ではないように感じられます。

しかし、山犬との会話を聞くとモロの一族より階級は下でも、森を維持するのに欠かせない存在として重要な役割を果たしていました。

シシガミとの関係

作中では直接的な描写は少ないものの、猩々もシシガミを頂点とする森の神々の一員です。シシガミが森の生と死を司る最高位の神であるのに対し、猩々は森の維持・再生を担当する実働部隊のような存在だったと考えられます。

猩々が象徴する現代への警鐘

環境破壊への怒り

人間たちが自分たちの住処である森を奪っていったため、猩々たちは人間たちを酷く恨んでいます。猩々たちの深い悲しみと無力感が少ない言葉に込められています。

この設定は、現代の環境問題に対する宮崎駿監督の強い問題意識を反映しています。開発という名の下に行われる自然破壊、そしてそれによって住処を奪われる野生動物たちの現実を、猩々というキャラクターを通して描いているのです。

絶望が生み出す負の連鎖

猩々たちのような鬱屈とした怒りの感情を持ち続けた”もののけ”は、殺されるときにタタリ神になってしまうのかもしれません。こういった負の感情は、自らをも蝕んでしまうということが分かります。

これは現代社会においても重要なメッセージです。環境破壊や社会問題によって追い詰められた存在が、最終的には破壊的な行動に走ってしまう危険性を示唆しています。

猩々から学ぶ共生の重要性

失われた調和の回復

どんなに賢いものであっても、環境で変わってしまうことはよくあること。正しい行動もある時すべて意味がなかったのではないか?と猩々たちは卑屈になったのでしょう。

しかし、この絶望的な状況からも希望は見出せます。物語の最後でシシガミの森に新たな命が芽吹くように、人間と自然が真の意味で共存する道は必ず存在するのです。

現代への教訓

『もののけ姫』を観ることで環境や自然との共存について考えるきっかけになれば、宮崎駿監督がこの作品を通して視聴者に伝えたかったことが少しずつ見えてくるのかもしれません。人間と自然が上手く共存していくには、お互いが歩み寄ることが何よりも大切なことなのかもしれません。

まとめ:猩々が教える生命の尊さ

もののけ姫に登場する猩々(しょうじょう)は、単なる脇役ではありません。彼らは「森の賢者」から人間への憎悪に染まった存在へと変貌した、現代社会への深刻な警鐘を鳴らすキャラクターなのです。

猩々たちも決して、好んで人間を食べようとなんて思ってもいないと思います。追い詰められたからこそ、人間に敵対するため、知恵を絞りだした結果として、人間を喰らうことを考えたのでしょうね。

彼らの「オレタチ、ニンゲン、クウ」という言葉の裏には、失われた森への愛と、絶望的な状況への怒りが込められています。宮崎駿監督は、猩々を通して現代の私たちに問いかけているのです。

自然破壊を続ける現代文明への警告、そして人間と自然が真に共存できる社会の実現への願い。猩々の物語は、私たち一人一人が環境問題について考え、行動を起こすきっかけを与えてくれる、極めて重要なメッセージなのです。

森の賢者だった猩々が辿った悲しい運命を繰り返さないために、私たちは今こそ「曇りなき眼で見定め、決断し、行動する」ことが求められているのかもしれません。

項目 詳細
名前 猩々(しょうじょう)
外見 ゴリラのような大型霊長類、暗闇で赤い目が光る
声優 名古屋章(なごや あきら)
本来の役割 森の賢者、植樹による森の再生
現在の状況 人間への憎悪から堕落、人間を食べようとする
象徴する意味 環境破壊への警鐘、自然と人間の共生の重要性
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