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もののけ姫のアシタカの呪いとは?右腕のタタリ神の謎を徹底解説!

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もののけ姫のアシタカの呪いとは?右腕のタタリ神の謎を徹底解説!

スタジオジブリの最高傑作の一つとして語り継がれる「もののけ姫」。その物語の核心を貫くのが、主人公アシタカが背負うタタリ神の呪いです。右腕に刻まれた黒い痣は、単なる呪いを超えた深い意味を持つシンボルとして、多くのファンの心を掴んで離しません。

この記事では、アシタカの呪いについて徹底的に考察し、その真の意味や宮崎駿監督の込めた深い意図まで詳しく解説していきます。

アシタカの呪いとは何か?タタリ神がもたらした宿命の痣

アシタカはタタリ神とは違いますが、一時的にその力を身に宿していたと言えます。ナゴの守から村を守る戦いで、彼の右腕にタタリ神の呪いを示す痣がつきました。

アシタカの呪いは、エミシの村を襲ったタタリ神「ナゴの守」との戦いから始まります。村人を守るため、やむを得ずタタリ神に矢を放ったアシタカでしたが、その際にタタリ神の触手が右腕に巻きつき、黒い蛇のような痣が刻まれました。

この痣は単なる傷ではありません。村の長老のヒイ様曰く、呪いは時間の経過で骨の髄まで達し、死に至る毒を持つそう。アシタカが受けた呪いは、命を削りながらも超人的な力を与えるという、まさに「諸刃の剣」のような性質を持っていたのです。

タタリ神の正体と呪いが生まれる仕組み

アシタカの村を襲ったのもクモのように多くの脚を持つタタリ神でしたが、その正体は「ナゴの守」という巨大な猪だったのです。ナゴの守の体に撃ち込まれている鉄の玉は人間によるもの。その結果、彼らに対する憎しみによって呪いを持つタタリ神へと変貌を遂げたのです。

タタリ神は、人間への憎しみと死への恐怖によって生まれる荒ぶる神です。森を破壊して文明を発展させる人間を憎み、スキあらば襲いかかってその勢いを止めようとしているのです。ナゴの守も、人間が放った鉄の玉(エボシ御前の石火矢)によって重傷を負い、その怒りと憎悪がタタリ神へと変貌させたのです。

呪いの力とその恐ろしい代償

超人的な戦闘能力の獲得

アシタカの呪いは、彼に驚異的な力をもたらしました。怒りや憎悪、戦闘意思などに反応して、命と引き換えに潜在能力を引き出す力もあり、アシタカにも超人的な変化が起きています。弓を射る際は痣周辺の筋肉が肥大化し、一矢のみで敵の腕や首を吹き飛ばしたり、素手で大太刀の刀身を曲げたりしました。

作中では以下のような驚異的な力を発揮しています:

場面 発揮された力 描写
野武士との戦闘 弓矢の威力向上 一射で人間の首や腕を吹き飛ばす
タタラ場での戦闘 素手の怪力 大太刀の刀身を素手で曲げる
城門突破 建造物破壊能力 屋根の骨組みを破壊
侍との戦闘 総合戦闘能力 4人の武装した侍を同時に相手取る

呪いの進行と死への道筋

しかし、この力には恐ろしい代償が伴います。「もののけ姫」の作中で呪いを受けたアシタカの腕ですが、タタリ神が怒りや憎しみの感情を持った時に凶暴化します。さらに、怒りや憎しみの感情を持つたびに呪いのアザは濃く広範囲になっていきます。

この呪いは強大な力を発揮する時に、黒い蛇状に変化することがあり、タタリヘビという。武器をもって人と争おうとしたり、タタリ神が恨みを持つ者が近くにいたりすると、突然呪いが暴れ出す。アシタカ自身の意志とは関係なく、呪いが暴走することで、意図しない殺傷行為を犯してしまう危険性も孕んでいました。

神殺しの禁忌とエミシの掟

アシタカが背負った三つの罪

アシタカがタタリ神を倒したことは、単なる正当防衛を超えた重大な意味を持っていました。アシタカは村人たちを命を救うのと引き換えに自らの腕にアザを負い「死の呪い」をかけられてしまいます。呪いを受けた者は村に災いを招く者として、その場所で暮らしていくことはできません。

アシタカが背負った罪は以下の三つです:

  1. 神殺しの禁忌:神に対して矢を向けてはならないという掟を破った
  2. 呪いの伝染性:村に災いをもたらす可能性のある存在になった
  3. 共同体からの排除:村の一員としての資格を失った

断髪の儀式に込められた意味

アシタカは村を出る前、ヒイ様の前で頭の上で結っていたお団子の髪を自ら切り落としました。この村では、男性はこのお団子頭のヘアスタイルをすることが掟となっているようです。すなわち、この髪型をやめるということはこの村の人間ではなくなるということが推測できます。

また、アシタカの本名は「アシタカヒコ」と言います。ヒコ(日子)には神様の子という意味があります。神を殺めてしまった後はヒコを名乗らず「アシタカ」と名乗るようになります。名前の変化も、彼の社会的地位の変化と罪の重さを象徴しています。

呪いが解けた理由と残された痣の意味

シシ神の首返還と呪いの解除

物語の終盤、最後は奪われたシシ神の首を取り戻す代わりに、タタリ神から受けた呪いが解かれます。最終的に、シシ神の頭をデイダラボッチに人間の手で返すことにより、アシタカの「死に至る呪い」は解けます。

しかし、重要なのは呪いが完全に消えなかったことです。しかし”過ちを繰り返さない”戒めとして、一部の痣は残されたのです。

宮崎駿監督の深い意図

彼の右腕のアザがまだ残っているのは、「過ちを忘れるな」というメッセージが隠されているとのこと。人間は一度、危険を忘れると同じ過ちを繰り返す生き物。そうならないように、呪いの効力は消えても「彼の腕にアザを残しておこう」という製作陣の意図だったと言われています。

この演出には、宮崎駿監督の深い人間観が反映されています。それは、今まで人間がしてしまった事を忘れないようにという戒めの意味と、アシタカにこれから森と人間が共に歩める道を切り拓いて欲しいという希望の意味がこめられているのではないでしょうか。

話題となった考察と解釈

SNS上での議論

作品に対する深い考察がSNSでも話題になっています。

「身売りに出された女性やハンセン病患者を保護して職を与えるエボシが放つ「賢しらにわずかな不運を見せびらかすな」の言葉はなんだか重いよね。目に見える呪いもあれば、目に見えない呪いもある。深いな、もののけ姫。」

引用:https://twitter.com/designer_ueno/status/1426145816748843012

この投稿は、アシタカの物理的な呪いと、社会的な差別や偏見という「見えない呪い」を対比させた鋭い指摘として注目されました。

「『もののけ姫』鑑賞 自然と人間の対立構造という共通のテーマを持つ『風の谷のナウシカ』が文明崩壊後を描写していたのに対し、本作は文明の勃興期を舞台としていたのが興味深い。里を追われ、残された『呪い』の完結を待つアシタカと人間にも山犬にもなれないサン。二者の呼応する関係性が良かった。」

引用:https://twitter.com/mitsuo_cinema/status/1285643938842206209

この考察では、アシタカの呪いが単なる個人的な問題ではなく、文明の進歩と自然破壊という大きなテーマの象徴として機能していることが指摘されています。

現代的解釈:呪いのメタファーとしての意味

公害と環境破壊の象徴

この世界では「呪い」と言っていますが、これは致死率が高く治療薬もない当時の「病気」のメタファーだと考えられます。タタリ神は、環境汚染をしてきた人間へのしっぺ返し…公害を具現化したものかもしれません。治療法がなく、原因があまり解明されていないがために「呪い」として扱われ、人にうつるかもしれないので倦厭される…。

この解釈では、アシタカの呪いは現代の公害病や環境破壊による健康被害の先駆的な描写として読み取ることができます。

感情との向き合い方を描いた物語

この腕の呪いの暴走を通じて「誰にでも、人間ひとりの中にある、感情の対立、呵責」を描いていたのではないかと考えています。そして、その感情の対立が長引くと「人の命を削る」という事まで描いていると思います。

宮崎駿監督は、アシタカの呪いを通じて、人間の内面にある怒りや憎悪といった負の感情との向き合い方を描いたという解釈も成り立ちます。

アシタカがタタラ場に残った理由

帰る場所を失った青年の選択

物語の最後で、アシタカは故郷に帰らずタタラ場に残ることを選択します。帰る場所を失ったアシタカが生涯を送れる場所は、人間社会から弾かれたあらゆる人を受け入れてくれるたたら場しかなかったのです。

彼らは「解決したら戻っておいで」と送り出したのではなく、アシタカを死んだものと見なしているのです。戻ってきて欲しいなら、無事に戻ってこれるように仲間をつけてくれているはずです。

共生への道を選んだ意味

アシタカの選択は、単なる妥協ではありません。アシタカの決断には2つの理由があると考えています。恩人たちの大切な住まいであるタタラ場の復興を手伝うことは恩返しですね。同時に、サンたちの棲み家である森に近いのでいつでも会いに行けます。

これは「君が恋人だよ」とか「遠距離だけど別居婚しよう」とかいう意味ではなく、「お互いに生まれ故郷の人たちから棄てられた辛い境遇で、そんな自分なんて死んでしまってもいいと思うこともあるだろう。でも私は死なないから、君も死なないで、お互いに生きていよう」という、もっと根源的に自分たちをこの世界に留めるためのメッセージだったのです。

制作秘話:CGで描かれた呪いの表現

映像技術の革新

宮崎監督の作品として初めてCGが使用されたのが「もののけ姫」だったという逸話をご存知ですか?アシタカが腕に呪いを受けながら矢を引くシーン…ここにCGが取り入れられられたのです。

アシタカの呪いの表現は、ジブリ初のCG技術導入という記念すべき場面でもありました。この表現が現れるのは作中でこの一回きりですから、他の場面とは違う、異常な事態が起きていると見るべきでしょう。

声優・松田洋治への演技指導

宮崎さん「くずれた少年を出来る役者は多いが、凛とした少年を出来るのはこの人しかいない」が大きな理由だったそうです。

アシタカ役の松田洋治さんの起用理由からも、アシタカというキャラクターに込められた宮崎駿監督の想いが伝わってきます。呪いを背負いながらも毅然とした態度を貫く青年像への強いこだわりが見て取れます。

まとめ:呪いを通じて描かれた生きることの意味

アシタカの呪いは、単なる物語の装置を超えた深い意味を持つシンボルです。それは以下の要素を含んでいます:

環境破壊への警鐘:人間の自然に対する暴力の結果として生まれた呪い

感情との向き合い方:怒りや憎悪を制御することの重要性

社会的責任:過去の過ちを忘れずに生きることの意味

共生への道筋:対立ではなく、違いを認めながら共に生きる道の模索

人間は愚かで、どうしようもない。だが、神からの視点ではなく、自分自身の問題として引き受け、呪いを背負いながら、それでも生きていくのだという態度は、宮崎駿自身が辿り着いた選択でもある。

アシタカの右腕に残された薄い痣は、私たち現代人への警告でもあります。便利な文明を享受しながらも、その代償として何を失っているのか。そして、その責任をどのように背負って生きていくべきなのか。

「もののけ姫」が描いたアシタカの呪いは、四半世紀を経た現在でも色褪せることのない、普遍的なメッセージを私たちに投げかけ続けています。作品の奥深さは、この呪いというモチーフを通じて、人間の本質と向き合う姿勢を問い続けているところにあるのです。

呪いを背負いながらも「それでも生きていく」というアシタカの選択は、現代を生きる私たちにとって重要な示唆を与えてくれます。完璧な解決や癒しを求めるのではなく、問題や矛盾を抱えながらも前向きに生きていく姿勢こそが、宮崎駿監督が「もののけ姫」を通じて伝えたかった「生きろ」というメッセージの核心なのかもしれません。

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