「もののけ姫ってどの時代の話なの?」「なぜアシタカの村は縄文っぽいのにタタラ場では鉄砲があるの?」もののけ姫を観ていて、このような疑問を持った方は多いのではないでしょうか。作品に登場する様々な要素が異なる時代を感じさせ、一体いつの時代を描いているのか分からなくなりますよね。
この記事では、もののけ姫の時代設定と室町時代の歴史背景について、宮崎駿監督の制作意図から具体的な時代考証まで、ファンなら知っておきたい情報を徹底的に解説します。最後まで読めば、作品の世界観をより深く理解できるはずです。
もののけ姫の時代設定は室町時代後期(1368年~1543年頃)
『もののけ姫』の時代設定には「室町時代である」と公式の答えが存在します。これはスタジオジブリが公式に発表しています。
具体的には、作中でエボシ御前が石火矢について「明国のものは重すぎる」と発言しているため、明が建国した1368年以降、応仁の乱を経て鉄砲伝来までの1543年を舞台とする説が有力とされています。
年代 | 歴史的出来事 | 作品との関連 |
---|---|---|
1368年 | 明王朝建国・足利義満が三代目将軍就任 | 「明国の石火矢」の登場根拠 |
1467年-1477年 | 応仁の乱 | 「将軍の牙も折れた」という台詞 |
1543年 | 鉄砲伝来 | 石火矢の技術的上限 |
1570年頃 | 推定される作品舞台 | 「500余年」の台詞から逆算 |
宮崎駿監督が室町時代を選んだ理由とこだわり
「おもしろい時代」としての室町時代
宮崎駿監督は室町時代について、「室町時代の前、鎌倉時代は、人が主義主張で生きていた。もっと壮絶な人々が生きていた時代です。それが室町時代になると、得なほう、都合のいい方につこうということで動くようになる(笑)。そういう意味で室町というのは、ちょっとおもしろい時代だなと思ったもんですから。それに、女たちが自由でかっこいいんです」と語っています。
また、この作品が舞台とする室町期は混乱と流動が日常の世界であった。南北朝からつづく下剋上、バサラの気風、悪行横行、新しい芸術の混沌の中から、今日の日本が形成されていく時代であるという特徴に注目していました。
従来の時代劇への挑戦
宮崎監督は、日本の映画で日本の歴史が描かれると、いつも都を舞台に、侍や、決まった階級の人間しか出てこないことが、おかしいと思っていました。本当の歴史の主人公たちは、辺境の地や野原に住んで、もっと豊かで、奥深い暮らしをしてきたはずなんですと述べています。
さらに、「従来の時代劇の常識みたいなものにとらわれない、日本を舞台にしたファンタジーを作りたった」という強い意図がありました。これは日本映画で中世史をアウトサイダーの側から描くという、「時代劇の革命」を意図するものだったのです。
室町時代の歴史背景と社会情勢
混乱と流動の時代
足利幕府は京都の室町に幕府を置き、鎌倉幕府と違い朝廷と密な関係を築き、手を携えて政務を行なっていた。しかし、応仁の乱が勃発すると在京の大名の混乱は幕府にも波及。将軍家すら財政に悩まされる事態となるという状況でした。
この時代背景は、「大和の王の力もない、将軍の牙も折れた聞く」に注目すると、室町幕府が応仁の乱(1467年〜1477年)の後に弱体の一途を辿っていたという歴史的背景として作品に反映されています。
日明貿易と文化の流入
室町時代という時代背景は、中国で元王朝が滅び、明王朝が誕生した時代と重なります。この時期には、明王朝が日本との交易を望み、日本には明から様々な物品や思想、文化が流れ込んできました。
日明貿易によってもたらされた物品の中で最も重要なのが、永楽通宝などの「貨幣」。室町時代当時の日本では、国内で貨幣を鋳造(ちゅうぞう)していません。自分たちでお金を作らずに、外国から入ってくるお金をそのまま使っていたという状況でした。
一揆の時代と自治組織
室町時代は、ちょうど数々の反乱が起きた”一揆”の時代でもあった。百姓が起こす土一揆のほか、山城国一揆のように地侍と農民らで守護大名の権勢を退け、8年にも渡って朝廷から切り離された自治組織を運営した例もある。これは作品中のタタラ場の設定に大きな影響を与えています。
縄文時代の要素との融合
アシタカの村と縄文文化
もののけ姫には、縄文時代の文化と信仰が描かれている部分があります。主人公アシタカの村は縄文の文化を引き継いでおり、ヒイ様などのキャラクターは縄文時代の巫女を連想させます。
縄文時代のアニミズム信仰は、物語との関連性が理解しやすいものとなっています。アニミズム信仰は万物に魂が宿るとする考え方で、石や草木にも神が宿るとするものです。これが作品中のシシ神やコダマなどの設定の基盤となっています。
エミシの一族の歴史的背景
アシタカは、エミシの英雄・アテルイの子孫という設定だ。アテルイは、現在の岩手県に土着していたエミシの統領だと言われている。平安時代初期、征夷大将軍の坂上田村麻呂に敗れ、後に朝廷に騙された討ち取られたという歴史があります。
作品冒頭の「大和との戦に破れてこの地に潜んでから五百十余年」というセリフから、大和政権に敗れたエミシの人々が室町時代まで隠れ住んでいたという設定が分かります。
石火矢(鉄砲)の時代考証
大砲のプロトタイプのような石火矢(いしびや)とは、室町時代後期に西洋から導入された火砲の一種です。火薬を用い、石を弾丸とする背景から日本では石火矢と呼ばれていますが、破壊力の凄さから「国崩」とも言われています。
宮崎駿監督自身はもののけ姫に石火矢を登場させているのは「応仁の乱で原始的な火砲が使われていたという説」から想像を膨らませたと発言しており、歴史的根拠に基づいた描写であることが分かります。
SNSやWEBでの反響と考察
「もののけ姫の時代設定って室町末期〜戦国入りかけで朝廷も足利将軍家の力も弱まり、有力武士が次々と各地で台頭し、群雄割拠の壮絶な時代が始まろうとしている頃だからこそ、朝廷や貴族はシシガミの首を欲しがったし、侍たちは鉄という武器の素材を欲しがったんだろうと思う」
引用:Twitter投稿
この投稿は、室町時代後期の政治的混乱がシシ神狩りの動機として描かれていることを鋭く指摘しています。権力の弱体化こそが、朝廷に「神を殺してでも権力を取り戻したい」という願望を抱かせたという解釈です。
「『もののけ姫』(なつを) 生きろ、そなたは美しい。 室町時代の日本を舞台に、荒ぶる神々と人間との争いを描く。 雄大な自然と、人々の営みが細部まで描写された映像の数々は圧巻。人と自然、双方生きる道はないのか?今だからこそ向き合いたいテーマ」
引用:Twitter投稿
現代の環境問題と重ね合わせながら、室町時代設定の意味を考察した投稿です。時代を超えたテーマの普遍性を感じさせます。
「1997年3月、「もののけ姫」制作発表記者会見の中で宮崎駿監督は次のように語りました。「男と女の力関係のようなものは、江戸時代に作られた関係がいつの時代でも同じだと思い込んでいるところがあるんですけれども、室町時代の女たちはもっと自由でかっこいいですよ」
宮崎監督自身による室町時代選択の理由を示した貴重な発言です。女性キャラクターが活躍する宮崎作品の特徴と、室町時代の女性の地位の関連性が理解できます。
作品に込められた現代へのメッセージ
二十一世紀の混沌の時代にむかって、この作品をつくる意味はそこにあると宮崎監督は語っています。21世紀に向かう混沌の時代、こういった時代背景の作品を作る意味があると監督は言っています。
室町時代の選択は単なる歴史考証ではなく、現代社会への強いメッセージが込められていました。さらに、室町時代は武士と百姓の区別が定かではなく、女性たちもよりおおらかで自由であったとされています。このような流動的な時代背景は、監督の「生きろ」というメッセージを強く反映しているのです。
枯山水との関係
「枯山水が始まったのが室町期であり、自然が人々の周りからなくなったためではないか?」という監督の説も興味深い考察です。これは、自然と人間の関係が変化し始めた時代として室町時代を捉えている証拠でもあります。
別の視点から見た室町時代設定の意義
「歴史の裏にいた人々」の物語
宮崎駿が選んだ舞台が室町時代の終わりであり、かつ一般的な時代劇が描いてこなかった「歴史の裏にいた人々」が物語の中心だからだ。歴史的にはっきりしていないものをモデルにすると、自然と謎が深まる。それ故に考察しがいがあるのだ。
登場人物たちは皆、歴史の表舞台には現れない人々です:
- エミシの隠れ里でひっそりと暮らしていた主人公・アシタカ
- たたら製鉄による財源と武力で独自に自治組織を築いたエボシ
- 人間が介入できていない深い森に住むサン
遍歴民の世界
本作では稲作農民に代表される平地の「定住民」とは全く別の生活圏を持つ「遍歴民(山民・海民・芸能民など)」が多く取り上げられる。『もののけ姫』は、遍歴民の世界で展開される物語である。
この設定により、従来の時代劇とは全く異なる世界観を構築できたのです。網野善彦氏も本作を「ずいぶん勉強した上でつくられている」と評しているほど、緻密な時代考証が行われています。
まとめ
もののけ姫の時代設定は、単純に「室町時代」というだけでは語り尽くせない複雑さと深さを持っています。1368年から1543年頃の室町時代後期を基本としながらも、縄文時代のアニミズム信仰やエミシの文化を融合させることで、独特の世界観を創り上げています。
宮崎駿監督が室町時代を選んだ理由は、この時代が持つ「混乱と流動」「下剋上の精神」「女性の自由さ」といった特徴が、現代社会への強いメッセージとして機能するからでした。従来の時代劇が描かない「歴史の裏にいた人々」の物語として、もののけ姫は真の意味での「時代劇の革命」を成し遂げたのです。
この深い時代背景を理解することで、作品に込められた「生きろ」というメッセージがより強く響いてくることでしょう。もののけ姫は、過去と現在、そして未来を繋ぐ普遍的な物語として、私たちに多くのことを語りかけ続けているのです。