「もののけ姫のポスターに書かれた『生きろ。』って、なんでこの言葉になったの?」「このキャッチコピーには、どんな深い意味があるんだろう?」もののけ姫を愛する皆さんなら、あの力強い二文字に込められたメッセージについて、もっと詳しく知りたいと思ったことがあるはずです。実は、この一見シンプルな言葉が完成するまでには、壮絶な制作秘話と深い思想が隠されているのです。
この記事では、もののけ姫のポスターに輝く「生きろ。」というキャッチコピーの誕生秘話から、宮崎駿監督が込めた真のメッセージまでを徹底的に解説します。コピーライターの糸井重里さんとプロデューサーの鈴木敏夫さんが繰り広げた苦闘の日々、そしてこの作品に託された現代への警鐘まで、もののけ姫ファンが知りたい全てを詳しくお伝えしていきます。
「生きろ。」誕生までの壮絶な制作秘話
もののけ姫のキャッチコピー「生きろ。」は、コピーライターの糸井重里さんが手がけたものですが、実はこの一言にたどり着くまでに4カ月もの歳月がかかり、50案近くものコピーが検討されました。
1996年3月21日、鈴木敏夫プロデューサーから糸井重里さんに最初の手紙が送られ、まだ作品が完成していない中でストーリーの概要を8行で説明して「コピーの1日も早い完成を首を長くして待っています」という言葉が書かれていました。
初期案は「惚れたぞ。」だった衝撃の事実
糸井さんが考えた初期案は、「おそろしいか。愛しいか。」「おまえには、オレがいる。」「惚れたぞ。」「ひたむきとけなげのスペクタクル。」など、現在知られている「もののけ姫」のイメージとは大きくかけ離れたものでした。
糸井さん自身も各案について詳細に説明しており、「①は、ま、口説き文句みたいなもんですね。②ラブストーリーでもあることを前面に出してみました。③『愛してる』以外に、いいコトバはないかと考えてたのですが、日本人なら、これ…かな?と。④わかりやすそうで(口あたりがよくて)ナンセンスな感じをだしてます」と当時を振り返っています。
糸井重里の迷走と苦悩
制作が進む中で、糸井さんは深い悩みを抱えていました。「映画館に行こうという人々に、軽く背中をおすというもので、なんとかなっておりました。どうも、『もののけ姫』は、そう行かなくなってしまったみたいです」と、従来のジブリ作品とは異なる複雑さに困惑していたのです。
2回目のやり取りでは、普段のジブリ作品と比べて「もののけ姫」の観客の顔が見えないことなどがつづられており、「も、もう1回!お願いします。大体こういうのは、3度目がいいんだと、ダレか偉い人もいって……いませんでしたっけ!? ともあれ、お手をわずらわせますが、よしなにご検討のほどを。ところで、告白しますが、ぼくもこの映画の解説文を書こうと思い立ち、すぐにつまづき、いま思い悩んでいる処です。トホホ」と、苦悩の様子が伺えます。
ついに「生きろ。」が誕生
鈴木さんも糸井さんも「もののけノイローゼ」になりかけた3回目のやり取りを経て、ついに4回目となる1997年7月1日、あの「生きろ。」のコピーが提出されました。宮崎監督も「『不安』を抱える現代人に、必要不可欠な、生きろ。」というコピーについて、ついに納得し、7月7日に正式採用が決定されました。
もののけ姫のポスターデザインに込められた意味
もののけ姫のポスターは、単にキャッチコピーを載せるためだけの媒体ではありません。そのビジュアルデザイン自体が、作品の深いメッセージを表現しています。
日本版ポスターの特徴
公式ポスターには「劇場用第1弾ポスター」と「劇場用第2弾ポスター」の2種類が存在し、メインビジュアルと貴重なアザービジュアルが用意されていました。これらのポスターは公開当時の印刷原版をそのまま使用し、ジブリ作品のポスターに多く使用されている「特色」(通常印刷で使われる4色以外の特別インク)もそのまま再現されています。
海外版ポスターとの比較
中国版のポスターでは、「サンが中央で前方を鋭く見据える姿が視線を引きつけ、周囲には山々や山犬の群れ、精霊たちが交錯し、人間と自然、善と悪の対立と共生を象徴している。赤色で力強く描かれた『幽霊公主(もののけ姫)』のタイトル文字は、山犬や神秘的な森の雰囲気と鮮烈な対比をなしており、副題として添えられた『宮崎駿 封神之傑作(宮崎駿の神作)』の文言は、長年のファンの記憶を鮮やかに呼び起こす」と紹介されています。
台湾版では特別な限定版ポスターも制作されており、「デザインは著名デザイナーの方序中が担当し、イラストは董十行が手がけ、登場人物であるアシタカと、サンをそれぞれ1枚ずつに登場させた、2枚の連作としてポスターが制作された。2枚を並べると巨大な迷宮のような森林風景が一体となって現れ、その壮麗さには目を見張るものがある。印刷には蛍光インクが使用されており、暗闇の中で静寂な山林の情景が浮かび上がる仕掛けが施されている」など、各国でそれぞれ独自の解釈がなされています。
「生きろ。」に込められた宮崎駿監督の真のメッセージ
時代背景と作品への想い
宮崎駿監督は、子どもたちが「どうして生きなきゃいけないんだ」という疑問を持っていると感じ、それに対し自分はどう考えているのか答えなければならないと思ったことから『もののけ姫』を製作しました。企画書では「憎悪や殺戮のさ中にあっても、生きるにあたいする事はある。素晴らしい出会いや美しいものは存在し得る」と生きることの意味をつづっています。
監督にとってアニメーションを作る上での土台は「なんのために生きていこうとするのかわからないままさまよっている人たちに、元気でやっていけよ、とメッセージを送ること」であり、これは一貫した創作理念として貫かれています。
作品に描かれた「生と死」の哲学
宮崎駿監督は、もののけ姫という作品を通じて「生と死を分けている限り、この世から争いも憎しみも無くならない」ということを伝えており、クライマックスで「人間の手によって分かたれてしまったシシ神の『生』としての頭、『死』としての胴体。アシタカは『人の手でかえしたい』として頭を捧げ、胴体とつなぐ。分離してしまった生と死をもう一度、一体化させる試み」として表現されています。
キャッチコピーである『生きろ。』は作中にも登場しており、アシタカがサンに向かって「生きろ。そなたは美しい」と述べるシーンは印象に残っている方も多く、この言葉は映画の核心的なメッセージとして機能しています。
SNSでの反響と現代的な意味
コロナ禍で再評価された「生きろ。」
新型コロナウイルスの脅威に怯える現代において、もののけ姫のキャッチコピーである『生きろ。』が身に染みているという声が多く上がっています。公開当時の1997年も、この強烈なキャッチコピーに注目が集まりました。
「コロナ禍の現在だからこそ、もののけ姫の『生きろ。』が身に沁みます」
エヴァンゲリオンとの対比で話題に
1997年の公開当時、同時期に公開された『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』のキャッチコピー「だからみんな、死んでしまえばいいのに…」と『生きろ。』が真逆すぎると当時ワイドショーでも話題となり、ジブリファンとエヴァンゲリオンファンの間で「生きればいいの?死んでしまえばいいの?」とカオスすぎる議論を交わし合ったという興味深いエピソードも残っています。
「『生きろ。』とは真逆の『だからみんな、死んでしまえばいいのに…』のキャッチコピーが対比され、当時ワイドショーでも話題となりました」
ファンの心に響く名言として
余計なものを削ぎ落としたメッセージとして、「サンへ、アシタカへ、森の動植物たちへ、人々へ、わたしたちへ、【生きろ。】」という普遍的な呼びかけとして受け取られています。「【生きて】でも【生きよう】でも、なくて、【生きろ。】だった。句点がついているのにも、意味と強さがある」という分析も見られます。
「【生きて】でも【生きよう】でも、なくて、【生きろ。】だった。句点がついているのにも、意味と強さがあるような気がします」
制作関係者の証言から見る「生きろ。」の重要性
鈴木敏夫プロデューサーの決断
糸井重里氏が苦心してつくったコピー「生きろ。」も、哲学的すぎて女性や子どもが映画館にこないのではないかという関係者からのクレームが出ましたが、鈴木プロデューサーは映画にも哲学的なメッセージが必要な時代だと考え、「これでいくしかない」と思ったそうです。
作者は糸井重里さんで、10年近くジブリ作品のコピーを担当していましたが、それまではすんなりと出来ていたのに本作では難航し、1カ月以上、鈴木プロデューサーとFAX(当時はまだ通信手段の主流でした)のやり取りを繰り返し、ついに「生きろ。」が生まれました。
宮崎駿監督の創作哲学
宮崎監督は作品を通じて「共存」そして、どんなになってでも「生きろ」というシンプルなテーマを伝えており、自然を失えば人間も生きてはいけない、山や森、自然とどう共存すべきか、人と神々の中間に立つサンやアシタカの姿を通じ、問題を突きつけているのです。
「生きろ。そなたは美しい」というアシタカの名言とともに、対立を超えて「お互いが、お互いの幸福のために、お互いが、相手の幸福を優先して、その『生』の方向性を向いた上で、お互いの目的を『お互いの生』という事を、合意したうえで、その『対立』と向き合う」ことの大切さが描かれています。
現代への警鐘としての「生きろ。」
環境問題への意識喚起
宮崎監督が描こうとしたのは、古い時代の日本もまた、腐海に飲み込まれ、複数の国の軍が進攻し合うナウシカの世界のように、民衆たちにとって生きづらいものだったということです。これは現代の環境問題や社会情勢とも深くリンクしています。
このやり取りから伝わる魅力は、個人のアイデンティティや生き方に対する肯定的なメッセージです。キャッチコピーとセリフは、人々に対して自己のあり方を問いかける一方で、自分を受け入れることの美しさと力強さを伝えています。この対話は、観客に自己肯定感を促し、他者のジャッジや社会の枠に縛られず、自分らしく生きることの尊さを伝えるのです。
普遍的なメッセージとしての価値
「子どもには難しいと言われたが、むしろ子どもが一番よく分かってくれるはずだ」と宮崎監督は言います。監督自身も含めた大人が説明できない現実の不安を、同じ問題を抱えて同じ時代を生きる実感として子どもたちに提示する。伝達ではなく表現を。メッセージではなく感覚の共有を。宮崎駿がスタジオジブリの全勢力を賭けて生み出した『もののけ姫』は、晴れない社会不安のなかで、それでも生きる力強さを問う作品だったのです。
「生きろ」というキャッチコピーは、単なる劇中のセリフ以上の意味を持っています。それは、私たちに生命の尊さや自然との共存の大切さ、自らの存在の意味を考えさせるものです。
アシタカとサンのその後に見る「生きろ。」の実践
宮崎駿監督は『もののけ姫』のその後について、「サンの最後の言葉は、答えが出せないままにアシタカに刺さったトゲなんです。そしてアシタカは、そのトゲとも一緒に生きていこうと思っている。あの後、アシタカはタタラ場に住んで、サンは森に住むんでしょう。タタラ場の理屈から言うと、生きていくためには木を切らなければならない。だけど、サンは切るなっていうでしょ。その度に突っつかれて生きていくんだな、アシタカは大変だなと思って(笑)。でも、それはまさにこれから生きていく人類の姿そのもの」と語っています。
この言葉からも分かるように、「生きろ。」というメッセージは、単純な生存の呼びかけではなく、困難な現実と向き合いながらも諦めずに生きることの大切さを表現しているのです。
まとめ:永遠に響き続ける「生きろ。」の意味
もののけ姫のポスターに刻まれた「生きろ。」という2文字は、糸井重里さんの4カ月にわたる苦闘と、宮崎駿監督の深い哲学が結実した傑作コピーでした。単なる宣伝文句を超えて、現代を生きる私たちへの普遍的なメッセージとして機能し続けています。
環境破壊、社会不安、人間関係の対立など、様々な困難に直面する現代だからこそ、この言葉の重みは増しています。アシタカがサンに向けて放った「生きろ。そなたは美しい」という言葉とともに、どんな逆境にあっても諦めずに、美しく生きることの大切さを私たちに教えてくれるのです。
コロナ禍を経験し、より一層「生きることの意味」について考えることが多くなった現代において、もののけ姫の「生きろ。」というメッセージは、単なる映画のキャッチコピーを超えた、人生の指針として私たちの心に響き続けているのです。
宮崎駿監督が込めた想いは、時代を超えて私たち一人ひとりに語りかけ続けています。どんな困難な状況に置かれても、自分らしく、そして美しく生きることの大切さ。それこそが、もののけ姫のポスターに刻まれた「生きろ。」という言葉に込められた、永遠のメッセージなのです。