「人類がやっていることは本当に正しいのか……という根源的な疑問に真正面から答えないと、元気に希望を持って生きろと言いながら、本当は子供たちの一番聞きたいことに答えていないことになる」という宮崎駿監督の言葉が示すように、『もののけ姫』は単なるエンターテイメント作品ではなく、深い社会的メッセージが込められた問題提起作品です。この映画が本当に伝えたかったこととは一体何なのでしょうか。多くの方が「自然保護の映画」として捉えがちですが、実は監督が意図したメッセージはもっと深く、複雑なものでした。この記事では、宮崎駿監督の過去のインタビューや制作背景を元に、『もののけ姫』の真のメッセージを徹底解説していきます。
宮崎駿が『もののけ姫』で伝えたかった核心的メッセージ
「生きろ」という根源的な命令
宮崎監督にとってアニメーションを作る上での土台は「なんのために生きていこうとするのかわからないままさまよっている人たちに、元気でやっていけよ、とメッセージを送ること」であり、特に子どもたちが「どうして生きなきゃいけないんだ」という疑問を持っていると感じ、それに対し自分はどう考えているのか答えなければならないと思ったことから製作したのが『もののけ姫』でした。
この作品のキャッチコピー「生きろ。」は、単なる励ましの言葉ではありません。「憎悪や殺戮のさ中にあっても、生きるにあたいする事はある。素晴らしい出会いや美しいものは存在し得る」という企画書の記述からも分かるように、どんなに困難で理不尽な状況でも、生きることそのものに価値があるというメッセージが込められています。
対立構造の中で見出す共存への道
この映画には『対立』が溢れており、それぞれに正義があり、それぞれに言い分があり、それぞれに意見があり、そして『対立』が生まれる。対立を、どう超えていけば良いのか？という問いが作品の中核にあります。
お互いが、お互いの幸福のために、お互いが、相手の幸福を優先して、その『生』の方向性を向いた上で、お互いの目的を『お互いの生』という事を、合意したうえで、その『対立』と向き合うことが、宮崎監督が提示する解決策なのです。
環境問題を超えた深層メッセージ
単なる自然保護映画ではない理由
多くの人が『もののけ姫』を環境問題を扱った映画だと解釈しますが、宮崎駿監督は「環境問題をメッセージとしたわけではない」と過去のインタビューで語っており、「地球境と人間を分けるのではなくて、人間も他の生き物も、地球環境も、水も空気も全てひっくるめた世界の中で、人間の中に次第に増えていく憎しみを人間が乗り越えることが出来るかどうかということも含めて、映画にした」と説明しています。
「自然の本当の姿というのはもっと凶暴で残忍なものなんですね。生命そのものも凶暴で残忍なものに晒される不条理なものだというところが抜け落ちたままで、環境問題とか自然の問題を論じると、どうも底が浅くなってつまらないんです」という監督の言葉からも、単純な善悪二元論を超えた複雑な世界観が意図されていることが分かります。
生と死の境界線を問う哲学
宮崎駿監督は、もののけ姫という作品を通じて「生と死を分けている限り、この世から争いも憎しみも無くならない」ということを伝えているのではないでしょうか。
「シシ神さまは死にはしないよ。生命そのものだから。生と死とふたつとも持っているもの」というアシタカの捉え方に象徴されるように、生と死を分離して考える西欧的思考ではなく、生と死を一体として捉える東洋的・縄文的死生観が作品の根底に流れています。
具体的な表現に込められたメッセージ
「鎮まりたまえ」に込められた日本人の自然観
冒頭のシーンで、アシタカがタタリ神に対して「鎮まりたまえ」と丁重に何度も繰り返すのは、その存在は単なる「モンスター」ではなく「神」と表裏一体であるからで、この向き合い方にこそ、日本人の自然観が最も現れていると宮崎駿は語っており、「『鎮まりたまえ』というのは日本人の自然観の一番中心的な観念なんです」と説明しています。
これは、自然を征服すべき対象として捉える西欧的思考とは根本的に異なる、自然との共存を前提とした日本古来の価値観を表現したものです。
シシガミに託された生命観
シシガミは人間に対してももののけに対しても公平な態度を取り、人間が作り上げる文明もまた、森がそこに帰属するような自然の摂理に、依然として支配されている。しかし、森のもののけ達から崇拝されているシシガミは、そうであるにもかかわらず、森を容赦なく死滅させもするという設定は、生命そのものが持つ創造と破壊の両面性を表現しています。
SNS・メディアでの反響と解釈
「強くなれた。もう死のうとは思わない」「ずっと、私は誰かに生きろと言ってもらいたかったのです」
公開当時、多くの若者がこのような感想を寄せていました。宮崎監督は「たくさんの反応が聞こえて、ティーンエイジャーの反応が、一番僕の想いと一致しているので、最初の計画が正しかったと思いました」と語っています。
屋久島の朽ちた杉から様々な植物が育つ。生と死の境はどこだろうか？「生」と「死」が分かれているのは、ただただ、僕たちの考えの上だけなのかもしれない。
現代の環境活動家たちも、この作品から深い洞察を得ています。
観客は主人公・アシタカに自己投影し、どちらの側にも「大事にしたいもの」を見出し、人間と自然（もののけ）のどちらかを選ばなければならない葛藤を共有するだろう。まさに、環境問題のコアとなる「人間か、自然か」また「共生は可能か」の問いに直面する。
学術的な視点からも、この作品の哲学的深さが評価されています。
人間中心主義への挑戦
傲慢さへの警鐘
SDGsが謳う「持続可能な」とは、誰にとっての持続可能性か。少なくともシベリアの凍土に眠るウイルスにとっての持続可能性ではない。『もののけ姫』に描かれた巨大な山犬やイノシシのための持続可能性でもないだろう。もっぱら、人間のための持続可能性である時点で、人間は自分たちの都合の良い方向に自然をコントロールするんだとの傲慢さを捨て切れていないという現代の環境問題への鋭い指摘にも繋がります。
『もののけ姫』という作品は、そういう人間中心主義的の理の外を目指している作品で、人はどうあっても傲慢さを捨てられない。だから、自分が傲慢であることを忘れそうになった時、『もののけ姫』は何度でも観直されるべきだという解釈も、作品の持つ現代的意義を示しています。
絶対的な悪者のいない世界観
「作品中に絶対的な悪者はいない」ということで、劇中の序盤では一見エボシが悪者のように感じられますが、物語が進むにつれタタラ場の人々はエボシを心から尊敬し、慕っていることが分かってきます。この構造こそが、現実世界の複雑さを反映した宮崎監督のメッセージの核心部分です。
現代社会への問題提起として
子どもたちへの真摯な向き合い
「(今まで子供たちに)エールを送るための映画を作ってきたんです。しかし、実際の子供たちが出会っている現実は、そんなエールだけでは済まされない。多くの問題を子供たちは全部知っているんですね、本能的に」という監督の発言は、従来の子ども向け作品への批判的視点を示しています。
「損得ではなくて、生きるということ自体にどういう意味があるのかってことを問わなければならない時代がきた」という舞台挨拶での言葉は、現代社会の価値観に対する根源的な問いかけでもあります。
歴史的視座からの現代批判
『風と谷のナウシカ』では、自然の脅威や人間同士の対立によってすぐさま命が奪われていくような無常の世界を、『もののけ姫』では日本の室町時代を舞台にしながら描き直している。つまり、古い時代の日本もまた、腐海に飲み込まれ、複数の国の軍が進攻し合うナウシカの世界のように、民衆たちにとって生きづらいものだったという設定により、現代の問題が歴史を通じて普遍的なものであることを示しています。
まとめ：『もののけ姫』が現代に問いかけるもの
宮崎駿監督が『もののけ姫』を通じて伝えたかったメッセージは、単純な環境保護や自然賛美ではありませんでした。それは、生と死、文明と自然、個人と集団、様々な対立する価値観の中で、どのように生きる意味を見出し、どのように共存していくかという、人間存在の根源的な問いかけでした。
「生きろ」とサンに語りかけるアシタカの言葉、「共に生きよう」という言葉通り、人間と自然が共存することの重要性を説く作品の結末は、対立を乗り越えて共に歩む道の可能性を示唆しています。
現代社会において、私たちは様々な対立や分断に直面しています。国と国、世代と世代、異なる価値観を持つ者同士の対立。そんな時代だからこそ、『もののけ姫』が提示する「対立を超えた共存」という視点は、ますます重要な意味を持っているのです。
この作品は観る人に、「世界とはあらゆるものの総体で、自分の認識の外に常に世界は広がって」いることを思い出させ、謙虚さと想像力を持って他者と向き合うことの大切さを教えてくれます。宮崎駿監督の真のメッセージは、「どんなに困難な状況でも、共に生きる道を諦めてはいけない」という、希望に満ちた人生哲学だったのです。
| テーマ | 表現方法 | 込められたメッセージ |
|---|---|---|
| 生と死 | シシガミの設定 | 生と死は一体のものである |
| 対立構造 | 絶対悪のない世界観 | すべての立場に正義がある |
| 自然観 | 「鎮まりたまえ」 | 日本古来の自然との共存思想 |
| 生きる意味 | キャッチコピー「生きろ。」 | 困難な状況でも生きる価値がある |
| 共存 | 「共に生きよう」 | 対立を超えた協調の可能性 |