千と千尋の神隠しを魅力的な作品として引き立てているのは、やはり主人公である千尋の存在ではないでしょうか。
そんな千尋ですが、あんなに素敵なキャラクターに仕上がっているのは、モデルがいたからだと言われているのです。
今回は千尋のモデルになったのは誰なのかや、その方の出身地はどこなのか、物語の舞台などについて紹介していきます。
千尋のモデルは知人の娘
気になる千尋のモデルですが、これは宮崎駿監督の知人である奥田誠治さんの娘です。
奥田誠治さんは日本テレビにおける千と千尋の神隠しの製作担当者でした。
身近な方がモデルなため、出身地などは不明です。
娘さんの名前は千晶さんといい、千と千尋の神隠しが公開されていた当初は、10歳前後であったと言われています。
そのため、主人公である千尋と、そのモデルになった千晶さんは、年齢層もかなり近かったのです。
このように考えてみると、千尋のキャラクター性が魅力的で、尚且つ年相応なリアリティを感じるのにも納得ですね。
そもそも千晶がモデルになったのは、1999年8月に映画の企画が廃案になったことがきっかけだそうです。
廃案になった企画の代わりを考えている際に、宮崎駿監督は「千晶の映画を作ろう」と提案しました。
このことについては、宮崎駿監督に関する各種メディアで取り上げられているため、噂ではなく事実のようです。
また、物語ラストでは、千尋が靴を落としてしまい川に落ちたというエピソードが出てきます。
これは実際にモデルとなった千晶さんが、宮崎駿監督の元へ訪れた際に、全く同じ経験をしたそうです。
千尋のキャラクターや設定などは、モデルとなっている千晶さんがかなり影響していることがわかりますね。
両親のモデルはいたのか?
千尋の両親にも、モデルが存在することがわかっています。
千尋のお父さんは、千晶さんのお父さんである奥田誠治さんです。
上述したように、元々宮崎駿監督の知り合いで、映画のプロデューサーとして活動していました。
運転をしている姿や飲食をする様子など、ご本人とそっくりに描いている部分が多いようです。
また、千尋のお母さんのモデルは、出版部にいた女性だそうです。
作中で千尋のお母さんは、とても落ち着いている様子でしたね。
人によっては少し冷たい印象を感じるかもしれません。
モデルの元になった女性がどのような方かは不明ですが、もしかすると千晶さんや奥田誠治さんのように、共通する点があったかもしれないですね。
千と千尋の神隠しの舞台のモデルは?
千と千尋の神隠しで印象的なのは、油屋や温泉街など個性あふれる異世界ですが、これは台湾にある九份だそうです。
写真を検索してみると、まさに千と千尋の神隠しをそのまま形にしたような世界観が広がっています。
九份がモデルであると公式が明言したわけではありませんが、赤い提灯や屋根・階段などの共通点が多いことから、ほぼ間違いないのではとファンの間で言われています。
また、異世界に迷い込んですぐ、千尋のお父さんとお母さんは、屋台で勝手に飲食をしていました。
このときに登場した料理も、台湾料理にそっくりなことから、やはり異世界は台湾がモデルと考えられるでしょう。
千尋が活躍した釜爺のボイラー室のモデルってあるの?
物語に登場した釜爺のボイラー室は、東京たてもの園にある文具屋がモデルとされています。
文具屋の名前は「武居三省堂」で、昔ながらのレトロな雰囲気が特徴的な建物です。
外から見ると釜爺のボイラー室とは異なりますが、室内にはたくさんの棚があり、まさに釜爺のボイラー室そのものとなっています。
釜爺のボイラー室は、小さな薬棚がたくさん連なっていたのが特徴的でした。
引き出しがまるで壁のようになっているため、映画のワンシーンを思い起こさせます。
千と千尋の神隠しは、キャラクターや世界観など魅力溢れる要素が多数ありますが、これらは複数のモデルがあって成り立っていることがわかりますね。